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2006年02月01日

2x4水槽台の自作

詳しい製作過程はこちら:
2x4水槽台の自作・2号機
この記事の段階ではまだ試行錯誤をしている部分があります。

2x4suisoudai1.jpg

2x4suisoudai2.jpg

<設計まで>

・水槽台は高価だし自分の使い勝手に合わせたやつを作ろう
・デザインよりも安さと丈夫さ
・荷重をねじ等の接合部だけで受ける構造(スチールラックなど)は
歪み耐性が無さそうで、自分的には怖すぎる
・門外漢がダボとかホゾとかやると余計精度が悪くなりそうだ
・いろんな所の木製水槽台の画像を観察して想像
爆殖シュリンプさまのこちらが参考になりました
・横に長いので長辺は2x6を使用

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2005年10月21日

『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』にみる細田守のカメラワーク

(2002/11初稿、2005リライト)

先の記事で『カメラは観客の視線の代理』という話をしましたが、これを逆手に取ると色々な演出が可能です。その例として、私が『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』40話の中ですげーなーと思ったシーンを紹介いたします。演出を担当されたのは、鋭い演出やハウル降板劇などでマニア筋から熱い視線を受けている細田守氏です。

話の中盤で、どれみ(主人公)と未来(ゲストキャラ)がセルフタイマーで記念写真を撮るシーン。ここでひとつヘンなレイアウトのカットが出てきます。

おジャ魔女どれみドッカ~ン#40約5秒のカットです。二人がカメラに向かってポーズを取っています。立ち位置の変更はありません。画面からは見切れていますが、どれみは未来の向かって左下に居ます。とすると未来の画面での位置が、左寄せになっているのはおかしい気がします。

このカットはおそらく『写真機の視点を表している』と思うのです。

画面が対象の中心からずれているのは、写真機は意志のない機械なのだからであり、もし人物が中央にあるとしたらそれは主観性を持った視点(写真機に意志がある、もしくは観客がこの場面を覗き見している)という事になってしまいます。この場面では人間はどれみと未来の二人だけなので、第三者の存在を(観客の無意識に)イメージさせてはならないのです。『ふたりだけに流れる時間』という感じでしょうか。

あとは、佐倉未来という人物に、どことなく現実感のない存在(単なる風景)というイメージを付加する目的もあるのではないでしょうか。

演出マニアの深読み?そうかもしれません。単調なカットだから単にハッタリをかましたかっただけかもしれません。

ただ少なくとも作る側にそういった考えがないと
『人物を中央からずらして立たせるとカッコいいよねー』とか
『クレーンを使って人物をなめるように移動撮影するとカッコいいよねー』とかいう
歯止めの効かない状況が生まれるわけで、結果現実感のないフィルムが出来上がるわけです。みんな『マトリックス』の観すぎです(もしくは初期の堤幸彦?)。ちなみにマトリックスでは、例のすごいカメラワークによって逆に「ここは現実世界じゃないよ」という演出をしているわけですね。


おジャ魔女どれみ ドッカ~ン! Vol.10
B00009AV1T
千葉千恵巳 秋谷智子 松岡由貴


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2005年10月21日

某映画に見る、やってはいけないカメラワーク

(2002/11初稿、2005リライト)

ある日、映画『冷静と情熱のあいだ』のTV放送があったので見てみました。

なんと主役の男の女性遍歴語りから始まりました。やっぱこう、とっかえひっかえなチョイワルの男の方がモテるって言いたいんですね!DTスピリッツ溢れる当方にはとても居心地の悪そうな映画です!でも頑張る。イタリアの街見たいし。

うはぁ、目が痛い!!!

こんなにカメラワークが酷い映画は初めてです。学生の頃TVニュースカメラマンと一緒に仕事をしてたので断言します。彼らの方がいい絵を撮れます!

映像において、スクリーンとかブラウン管は覗き窓のようなものです。視聴者はそこから別の世界を覗き込むわけで、従って視聴者が窓の向こうに見える何に注目するか、が大事になってきます。映像が視聴者の視線とシンクロできるかが、視聴者を映像の世界へ引き込むための一番のキモだと思います。

それらの点でこの映画は

  • 意味のない移動撮影が多すぎてどこを見ていいか分からない。浮遊霊の視点みたい
  • 静止した人物のアップを捉えると、何故か画面中央からずらす。思わず目が泳いてしまう
  • すごい望遠カット。アクセント程度なら良いのですが
  • すごいクレーン撮影
等々、ハッタリはすごいけど見ているほうとしては何だか実感の伴わないシーンのオンパレードでした。

これらは、スタッフが異国の情景を目一杯フィルムに焼き付けようと頑張ったら、視点が中途半端になっちゃったのでしょうか。とはいえプロの仕事としては問題外のカメラワークとカット割りでしょう。あれを観て、ちゃぶ台をひっくり返した映画関係者は絶対いるハズだ。

「ふつーの人はそんなの気にしてねーって」という感想をお持ちになる方もおられると思いますが、先に述べたとおりこれらは『無意識における感情移入度』に関わる事なので、観客にとっては大問題な事だと思うのです。(俳優が好きとか、自分の立場を登場人物に投影できる人なら面白そうですが。)

また、もしそれらの演出が適切に効果的に行われていたとしたら、単なるおデート用映画の枠を越えられたかも知れないのですよ。舞台や企画が良いだけに、個人的に非常に残念な映画でありました。

2005追記:

3年経って私もオトナになりましたので、間違いがあったらヤバイということでレンタルして再度観ました。

超おかしいよ!やっぱり!
reisei_to1.png
似てませんすみません。序盤、主人公二人が劇的に再会するシーン。なんでズーム方向が人物を向いてないんだよぅ。以降ヒロインの『中央ポジションずらし構図』が何カットも繰り返されるので、ミスではなく意図的だと思われます。

てかこれじゃ、「志村~!志村うしろ~!!」じゃないですか。

精一杯好意的に解釈すると、スタッフは静止画フレーム上のイメージに拘りすぎたんではないかなーと。実際一時停止するとカッコイイ絵なんですね。でも視覚力学的には支離滅裂になっちゃった、といった感じです。

ちなみにストーリーのほうですが、やっぱり私は噛ませ犬のほうに感情移入しちゃいますな。一途な人たちじゃないですか。