『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』にみる細田守のカメラワーク
(2002/11初稿、2005リライト)
先の記事で『カメラは観客の視線の代理』という話をしましたが、これを逆手に取ると色々な演出が可能です。その例として、私が『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』40話の中ですげーなーと思ったシーンを紹介いたします。演出を担当されたのは、鋭い演出やハウル降板劇などでマニア筋から熱い視線を受けている細田守氏です。
話の中盤で、どれみ(主人公)と未来(ゲストキャラ)がセルフタイマーで記念写真を撮るシーン。ここでひとつヘンなレイアウトのカットが出てきます。
約5秒のカットです。二人がカメラに向かってポーズを取っています。立ち位置の変更はありません。画面からは見切れていますが、どれみは未来の向かって左下に居ます。とすると未来の画面での位置が、左寄せになっているのはおかしい気がします。
このカットはおそらく『写真機の視点を表している』と思うのです。
画面が対象の中心からずれているのは、写真機は意志のない機械なのだからであり、もし人物が中央にあるとしたらそれは主観性を持った視点(写真機に意志がある、もしくは観客がこの場面を覗き見している)という事になってしまいます。この場面では人間はどれみと未来の二人だけなので、第三者の存在を(観客の無意識に)イメージさせてはならないのです。『ふたりだけに流れる時間』という感じでしょうか。
あとは、佐倉未来という人物に、どことなく現実感のない存在(単なる風景)というイメージを付加する目的もあるのではないでしょうか。
演出マニアの深読み?そうかもしれません。単調なカットだから単にハッタリをかましたかっただけかもしれません。
ただ少なくとも作る側にそういった考えがないと
『人物を中央からずらして立たせるとカッコいいよねー』とか
『クレーンを使って人物をなめるように移動撮影するとカッコいいよねー』とかいう
歯止めの効かない状況が生まれるわけで、結果現実感のないフィルムが出来上がるわけです。みんな『マトリックス』の観すぎです(もしくは初期の堤幸彦?)。ちなみにマトリックスでは、例のすごいカメラワークによって逆に「ここは現実世界じゃないよ」という演出をしているわけですね。
おジャ魔女どれみ ドッカ~ン! Vol.10
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